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zoom RSS 丸亀紀行

<<   作成日時 : 2016/02/16 16:58   >>

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江戸時代に盛んだった金毘羅参り、金毘羅五街道のうち、最も栄えたのが丸亀街道(金毘羅街道)です。今回はその金毘羅街道と丸亀城を訪ねました。遠い昔に思いを馳せ、タイムスリップした気分で写真もアートフィルターをふんだんに使ってみました。ご覧ください。


金毘羅詣での帆かけ船が丸亀港について最初に出会うのが江戸講中燈籠です。海上の安全を願い、江戸を中心に“常夜灯千人講”が作られ、最高額80両を寄進した塩原太助の名を取って“太助燈籠”とも呼ばれています。
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“こんぴらさん”と言えば、いつどこで覚えたのか記憶にありませんが ♪♪こんぴら船々追い手に帆かけて しゅらしゅしゅしゅ ♪♪ の讃岐民謡を口ずさみたくなります。
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江戸講中燈籠のすぐ近くにある、みなと公園には一対の石灯籠があります。中府三軒家にあった3基のうち2基とのことです。
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金毘羅街道を歩くと、多くのお寺が並んでいます。宗泉寺参道
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元丸亀藩主山崎家の菩提寺寿覚院の山門前には「左金毘羅道」、「本宮百五十八丁」と刻まれた道標を兼ねた灯籠があります。
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この道標には北面に「すくこんぴら」、東面には「左こんぴら道」、南面「右かわくち」と刻まれています。
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道標の近くにあった印刷屋さん、今でも商売をしている雰囲気でした。
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北向き地蔵はその名の通り北を向いたお地蔵さんで「家内安泰」、「病気平癒」にご利益があるとか。
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江戸講中燈籠から金毘羅高燈籠まで14kmとのこと、歩いてもいける距離ですが今回は中府口で終了です。2010年に訪れた時の金毘羅高燈籠と金刀比羅宮の写真です。
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中府口で金毘羅街道と別れて、丸亀城に向かいます。丸亀城は標高66mの亀山に築かれた平山城で、別名亀山城と呼ばれています。
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城内側の櫓門(右側)を一の門、堀端の高麗門(左側)を二の門と呼びます。
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「石の城」と形容されるその名の通り、石垣の名城です。
<三の丸南側の搦手口付近>
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<二の丸搦手付近>
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天守は3層3階の木造天守で、日本一小さな現存木造天守です。
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以上、古の街でした。

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